こちら側から見た世界

私には越えなくてもいい壁があるのです。

世界で活躍する15歳の少年とアイドルに救われた15歳の少女。

ぎゃあああああああ、メダル獲ったでええええええ!

と、自分の部屋でみかんを食べながら興奮していたのが、約9時間前。

男子ハープパイプ代表の平野選手と平岡選手ありがとう! 感動をありがとう!
私もスノーボードを少し嗜むのですが、あんなに宙を舞うのは未知の世界です。

平野選手なんて15歳ですって!

世界で堂々と活躍している姿を見ると、年下にまったく見えないですよね。
だって、平野選手のメダルが確定した直後、私はTwitterで……

こんなこと言ってましたもん。

自分は15歳のとき何をしていたのだろうか……と、
15歳の銀メダリスト平野選手を見ながら思ったので、ちょっと思い返してみました。

15歳といいますと、今から8年前。私も当たり前に中学校3年生でした。

8年前の2006年、私の生活環境はガラリ以上にガラリと変わりました。
この2006年は、私にとって人生の転機となった年でもあります。

中学校2年生までは、平日はもちろん、土日も夏休みも冬休みも毎日部活の練習で、
休みなんてお盆と正月のみ。まじで、ただの会社員。中学生にして休み方が仕事大好きなOL。
そんなこんなで、練習のかいあってか、部活ではそれなり以上の成績を残しておりました。

しかし、別れは突然やってきたのです。
中3の春に、札幌から大阪に引っ越したのです。もうね、これね、どん底ってやつは的な。

それまで打ち込んでいた部活はもちろんやめ、転校先では無気力な毎日を送っていました。
特に仲の良くない友だちと出会って1カ月で修学旅行に行き、特に勉強しないまま高校受験に失敗。
特に良い思い出もないまま、私は月日に流されるまま中学校を卒業しました。

2006年の学生生活は、黒歴史まではいかないものの、暗黒期だったのですが、
実は、私のなかで第2次アイドルブームがきていたのです!

突如帰宅部になった私は、昔聴いていたモーニング娘。の曲を急に聞きあさるようになり、
その流れで、AKB48の会いたかったのPVを見つけました。

“可愛い制服を着た女の子たちが踊っている……!”

AKBについていろいろ調べてみると……
“会いにいけるアイドル”という、当時では、相当物珍しい単語が出てきました。

私にとってアイドルとは=モーニング娘。=雲の上の存在だったので、
“アイドルに会える……? どういうこと?”って思ってるうちにどっぷりとAKBにハマり、
今も、初期メンの戸島花氏を推しています。

あと、夕方の子ども向け番組もダラダラと見るようになり、
そこには、当時まだ無名だったAKB48の篠田麻理子と峯岸みなみが出ていました。
番組のオープニングとエンディングで使っていたTeamAの公演曲が今でも印象的です。

しかし、2006年のアイドル界は、今じゃ考えられないほど悶々とした空気が漂っていました。

AKBだけでなく、モーニング娘。、アイドリングなどなど……
世間から存在を認められているのかわからない女の子がたくさんいました。
モーニング娘。も黄金期が嘘のような世間からの扱いに……。
でも、このときのモーニング娘。は個人的に、プラチナ期より好きです。

そして、家にいる時間が、転校する前より倍以上に跳ね上がった私は、
転校での虚無感を振り払うかのように、在宅ドルヲタとして充実した日々を送りました。

ちゃんちゃん。

この2006年があったからこそ、転校したからこそ、部活を辞めたからこそ、
今の私があるんだなー。って、今なら思えるような気がします。

アイドルがいなかったらもっと悲惨な中3を過ごしていて、うつになっていたかもしれぬ。
世界で活躍する15歳の少年もいれば、アイドルにどっぷり浸かって助けられた15歳の少女もいる!

そして、ぎゃあああああああ、メダル獲ったでええええええ!
と、自分の部屋でみかんを食べながら興奮した、約9時間後の今。

私の斜め前で、某有名芸能人親子がご飯を食べてます。

なんかすごい一日ですわ。

毒リンゴを食べさせて

毒リンゴを食べさせて

PARTYが始まるよ

PARTYが始まるよ